「こちらの機種なんかどーすか? ダブル・クロス社の最新作、老若男女に大人気――あ、そこのおにーさん」

雑多な商店が立ち並び、通りを行き交う人々の声がうるさいほどあたりを賑やかす。
その人ごみの中を滑るかのような滑らかさですり抜ける、黒い長髪の青年がいた。
ある店の前でふと足を止める。その小さな携帯ショップの販売員はたまたま目のあったその男に気が付くと、ここぞとばかりにセールストークを開始した。

「おにーさん、彼女とおそろいとかどぉで?」
「・・・・・・それが最新機種?」
「そう、DCCシリーズY‐2888ね。基本的な機能は前作の2333と一緒なんだけど、通信速度に使用可能地域、小型化軽量化あとはデザイン性にカラーバリエーションも豊富になりましたー」

はいよこれ、色見本。
返事が返ってきたことにチャンスとばかりに怒涛の宣伝文句を羅列して、覗き込んできた青年にパンフレットのあるページを開いて手渡す。
青年――イルミは販売員に持たされた冊子を手にうなり、壁一面に並べられた様々な機種の携帯を眺めてはまた悩んだ。
多すぎる。
適度に使い勝手のよさそうな、適当なものを買い与えようと思っていたのに。
今までは服も生活用品もそうやって自分が買っていた。それなのに。

出かけに自分も買い物に行きたいと頼み込んできたの声がイルミの脳裏によぎった。
ずっと不満に思っていたのだろうか。
そういえば、何かの好みひとつ知らない。好きな色ひとつ知らない。
せいぜい自分が知っているのは猫舌だということぐらいだ。
それだけだった。

「何か好みのとかあります?」
「・・・・・・・・・パンフレット、あるだけ頂戴」
「ん?」
「やっぱり自分で決めてもらう、うん」
「はいよー」

好みが分からないのなら、自分で選んでもらえばいい。
まだひとりで買い物に出すのは心配だけど、一緒に買いにくればいい。それもいいだろう。
イルミは袋詰めされたパンフレットの束を受け取りながらそう思った。

いったい彼女は何の機種のどんなデザインを、どんな色を選ぶだろうか。
知りたい。そう思った。










「はいコレ」
「ケータイ・・・の、パンフレットですか?」
「うん、が欲しいの選んどいてよ」

高原の家にたどり着くと、と煮込まれた野菜の香りが出迎える。
が意外に料理が出来ることは、イルミには嬉しい誤算だった(時々焦がすが)。
以前は食事など栄養補給の一種だと考えていたイルミにとって、目の前で作られていく料理はまるで魔法のようで、ただ見ていて飽きないものだった。

「何でまた突然」
「ん・・・、だってここ家電話ないし。何かとの連絡手段があったほうが仕事中安心できるからね、俺」
「・・・・・・・・・っ」

何かあったらいつでも連絡できるでしょ。

リビングに入りながらそう言った。
イルミの台詞にの頬が薄紅に染まる。なにか今、すごい事を言われなかっただろうか。
しかしイルミが振り返った時にはは顔を伏せてしまっていて、ごまかすかのように早口で告げた。

「OK了解分かりました!」
?」
「ご飯の後で選ばせてもらうのでとにかく塩! 頼んでおいた塩はっ!?」

照れ隠しに勢いよくまくし立てるの台詞に、イルミはポンッと手を打ち合わせた。
その乾いた音に不吉な予感を覚えて、は目の前の長身を見上げる。

「・・・師匠?」
「そっか、どおりで何か忘れてると思ったんだ。思い出したようん」
「・・・・・・しお」
「ごめん、。忘れてた」

塩も電池も歯磨き粉も。
携帯ショップの後に買う予定だったものはすべて。





その後、がとうとうと語る塩味の入っていない野菜スープの悲しさとわびしさ、人体にとっての塩分の重要性を食事中ずっと聞かされることとなった。
確かにその日の薄味を通り越して野菜の味しかしない煮汁は、イルミはもう二度と飲みたくないと思った。
だからレタスの芯を咀嚼し終えるとこう切り出した。

「じゃあ明日一緒に買いに行こう」
「え?」
「塩と、の携帯」
「本当にケータイ、どんなのでもいいんですか?」
「いいよ」
「もし仕事中にかけちゃったらどうするんですか?」
「そのくらいで俺がミスるとでも?」
「のろい上に、体力ないんですよ」
「知ってるよ」

一瞬の、間。

知らないのなら、知っていけばいい。
気付いてみればなんてことはない、単純な答えだった。

だから。





「・・・・・・塩持つの、師匠ですからね」
「うん」




















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お互いにお互いのこと知らなくってやきもき(?)してればいいよ。
でもイルミさん。仕事中は電源切っといたほうがいいと思うぞ? ←身も蓋もない。