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「俺の名前、呼んで」 ふと聞こえたその台詞に、思わず呼吸が止まった。 「、聞こえてる?」 「へ、や、やですね師匠、どうしたんですかいきなり」 「聞こえてるんなら、名前で呼んで」 「ホント・・・何言ってるんですか? 自分の名前忘れました?」 健忘症にはまだ早いでしょう。 そう笑い飛ばそうとする。笑いごとにさせて下さい。 「俺の名前は、イルミ。イルミ・ゾルディック」 その名前に、その音の響きに、また呼吸が乱れる。 言わないで。聞かせないで。 お願いですから。 「な、んだ。分かってるんじゃないですか」 「だってが俺の名前呼ぼうとしないから」 手から薬局の袋が滑り落ちるのを感じた。感じたけど、それだけ。 拾えない、手が動かない。 足が、動かない。 動け、動けようごけっ・・・ 「逃げるな」 冷たい声で下される命令に、行く手を遮られる。 「ただ、イルミって、呼んでくれればいいだけ」 簡単でしょ? そうイルミさんが首を傾げると、さらさらとした黒髪も一緒に流れた。 まるで頑是無い幼子の無垢なおねだりのように繰り返される要求に、心が震える。 あぁ、やめてください。わたしは最初っからあなたのその仕草に弱いんです。 「前みたいに、呼んでよ」 幾度となく重ねられる懇願。 めまいが、する。ぐるぐる回って、ぐらぐらする。 思わず口に手を当てた。 『前みたいに』? そうだ、わたしはイルミさんのことを、ちゃんと「イルミさん」って呼んでた時期があったんだ。 「お兄さん」って呼ぶのにダメだしされてから、あのアカい夜まで。 その夜までは何の疑いもなく、「イルミさん」って、そう、この黒髪の麗人のことを呼んでいた。 「・・・?」 『』、ではなく、『』。 日本語が通じるのに、少しなまった外国風の呼び方。イルミさんの、呼び方。 あぁ、そうだ。 この声に呼ばれるたびに、「なんですかイルミさん」って、あの日から返せなくなった。 その理由は、ふたつ。 アカい雨を浴びて、この人、ホントに殺し屋なんだって、解ってしまったこと。 そしてもうひとつが、ここが本の中で。 わたしが今まで呼んでいた名前の持ち主が、その紙の上でのみ生きる登場人物だって気付いてしまったこと。 それからわたしは、一度もイルミさんを「イルミさん」って呼んではいない。 極力呼びかけを少なくするか、以前に修行のとき限定でふざけて呼び出した「師匠」って単語を使うようになった。 実は、イルミさんが最近わたしの「師匠」を聞くたびにほんのかすかに眉を寄せていたのを知っている。 不機嫌、ってほどでもない。でも上機嫌では確実にないその感情の変化に、内心ではひどく怯えていた。 ごめんなさい。 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいゴメンなさいごめんなさいゴメンナサイ。 イルミさん、イルミさん。 ねぇ、イルミさん。イルミさん、イルミさん、イルミさんイルミサンイルミさんいるみサン、イルミ。 ・・・イルミ。暗殺者、イルミ・ゾルディック。 心の中ではこんなにも雄弁なのに、面と向かっては口に出せないんです、わたし。 怖い。肯定されるのが怖いの。 何がって、「イルミさん」って呼びかけて、「なに?」って返されるのが。 『HUNTERXHUNTERのイルミ・ゾルディック』だって肯定されるのが・・・たまらなくコワイ。 だからお願いです。 そんな目でわたしを見ないでください。 イルミさん、イルミさんが望むなら、心の中でならそう呼べます。 でもお願い。肯定しないで。 「・・・」 「・・・・・・は、い」 耳の横に風を感じて。 気付いたときにはイルミさんに後ろから抱きすくめられていた。 うつむき加減だから、頬を撫ぜる黒髪がこそばゆい。 「え・・・あ、の?」 そして想像よりも暖かな体温と、確かな鼓動。 「ねぇ、俺はここにいるよ」 「・・・はい」 鼓膜をくすぐる、いつもより低い声。 「・・・も、ここにいる」 「は、い」 「・・・・・・・・・これ以上、何か必要?」 最後にそう問いかけるようにささやき、イルミさんは腕の力を抜いた。 離れたからだの間に空気が動く。風が通り抜けた。 その風に誘われるように、わたしはイルミさんに向き直った。 そのトレードマークのような黒髪に触れて。 放たれる熱と、心臓の動く音で生きている身体を感じて。 年齢の割りに幼い口調の声で存在を確かめた。 どれもやわらかくって暖かくって。 悲しいぐらいに、わたしと変わらなかった。同じ人間だった。 わたしの負けだ。潔く認めるしかない。 別に勝負をしていたわけではないけれど、わたしは自分に説得するかのように繰り返す。 最初っから、この人に勝てるわけがない。 わたしは最後にその黒い猫目を覗き込みながら、おそるおそる口を開いた。 「 ・・・イルミ、さん 」 ぐーるぐーる。 某魔方陣漫画ではない(更新速度的にはそうか?) そういやこの漫画、どうなったんだっけ? |