長い夢を見ていた。

夢、といっても寝ているときに見るアレのことではない。 I have a dream. というヤツである。
いや、この場合は had と訂正するべきだろう。過去形だ。
とにかくわたしは、わたしというちっぽけな人間の身の程をこれっぽっちも理解していなかった、ということ。

小さいころはケーキ屋さんになりたかったとか、ケンジ君のお嫁さんになるとか、魔女っ子にーとかとかとか。
それこそ週単位でわたしの将来ががコロコロと変化したものだ。
中学時代、特に受験期に入ると、そんな砂糖菓子みたいなふわふわとした漠然な夢は自動的に消えていく。だんだん現実というものが見えてくる年頃であるし、視野も増えて選択肢が増えるのだ。

わたしは公務員を目指していた。
特に夢もなく、サラリーマンという安易で平凡な選択肢を選んだ兄、逆に夢を追い続け女優として成功した姉。
そんな年長者を見て、夢ではあるがひたすら現実的な視野を持ったというべきだろう。
平凡だけどそこそこ充実した、そんな人生を送って、職場結婚で専業主婦。子供の数は要相談。

ああ、なんてなんて幸せな人生だったろう。










目を開けてしばらくの間、天井をぼんやりと眺めた。
木目をそのまま生かした高めの天井からは、少しレトロな電灯がつるされている。
そしてわたしを覗き込む、黒髪の青年。

頬がひりひりするのはなんでだろう。あぁ、泣いてたんだわたし。


「・・・おはようございます」
「もう午後だよ」

喉も乾いていて、かすれた声しか出せなかった。というより身体全体がだるい。
それでも何とか身体を起こそうとすると、イルミさんが押しとどめようとする。

「あの?」
「いいから横になってて」
「で、でも」
「今水持ってくる」

そういうとイルミさんはすたすたと室の外に出て行く。
ハタン、と扉が静かに閉じた音がやけに響いた、ように感じた。
けれど、普通だった。
お互い何もなかったかのように。

「・・・・・・・・・ちが、う」

違う。普通じゃなかった。
何かが違った。
近づいていたはずの距離が、離れた。
離れて、出会ったころの距離よりなお少し遠く。

暗殺者と異世界人。
アンバランスで奇妙な関係。わたし達の関係はただそれだけと言わんばかりに。

「あ、はは、はははは、なにそれ」

何言ってるんだろうわたし。
ただ、とかそれだけなんて、そんなの当然。本当のこと。
それなのにイルミさんは傍によることを許してくれて、わたしが突き放した。

暗殺者だって知っていたのに、教えてくれてたのに。
わたしはその赤く染まった腕を、人殺しの瞳を拒絶してしまった。
距離を置かれて、当然だと思う。
それなのにショックを受けて、悲しんで。

何様だ、





、何で泣くの」

いつの間にかイルミさんが部屋の中に戻ってきていた。
入室気付かなかったどころか、今彼の言葉に反応できないでいるわたしに水の入ったコップを持たせようとする。

「っ」

ガシャ、ン。
刹那触れ合った手に過剰反応して、無意識のうちに払う。
水がこぼれて毛布をぬらし、床に落ちたコップがガラスの破片を撒き散らす。

どうしよう、またやってしまった。
どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう。
頭の中にそれだけがコンピューターウイルスみたいに蔓延して、わたしを侵す。
謝罪の言葉を。頭の片隅ではそんな声も上がるけど、その命令の示す意味が理解できない。
どうしようどうしようどうしよう。
謝罪って何謝るってごめんなさいで頭を下げてその行為に何の意味がある。

「・・・、あのさ」
「そもそもわたしはなんでここにいるのなんで異世界になんでなんでなんでっ!」

イルミさんが何か言いかけて、わたしはそれを遮るように喚いた。
ここ数週間の鬱憤何やかんやが極限状態パニック状態の今このときに噴出したらしい。

?」
「聞きたくないっ!!」

可もなく不可もなく。平凡な人生を歩もうと思っていたのに。
実際にそんな人生だったのに。

ようはわたしは極々普通の平均的な一般人。それも平和ボケした日本の、である。
目覚めたら異世界の草原で保護されてスパルタで捕まって、そして殺人現場に立ち会って。
そんな出来事に連続して耐えられるほどわたしは実は許容範囲が広くなかったらしい。容量オーバーで、どうにかなってしまった。

わたしは喚きながら「人の夢は儚いって書くんだぞ」っていう、小学校時代の先生の言葉を唐突に思い出した。




















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目の前が殺人現場真っ最中だったら、とりあえず管理人は貧血起こします。大量の血ー見ると昔から倒れてましたから。
・・・ってことは、毒殺ならいいのか?

とりあえず、当たり前に未経験者なので主人公の気持ち分かりません(爆)。