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穏やかな眠りと、それにともなう浮遊感。 そう、それは明らかに夢。 夢のはずだった。 「きみ、誰」 耳に入った簡潔な声は、そんなに低くはないが深みのある声色。 聞き覚えはまったくないけれど、どこか安心する。 眩しさと格闘しながら眼をうっすらと開けると、朝日ともに目に入ってきたのは、人の顔。 さらっさらの黒髪が檻のようにわたしの上に流れ、見上げた先には同じく黒の大きな瞳。 さらに言うなら当然美人さん。 女性ならさぞかしもてるであろう要素を持ったその人は、何たることか男の人で。 もったいない。 それにやっぱりうらやましい。本気でうらやましいけど、誰だろう。 動かない頭を最大限に働かせて考えた。 人生18年間でこんな顔はテレビの中ですら見たことがない、ハズ。 髪長いからビジュアル系? いや、まったく興味がない。 「・・・?」 「だから、きみ誰?」 眠たい眼を必死にこすり、とにかく状況を把握しようとするわたしに、目の前の人物は再度訊ねてきた。 少しばかり苛立った声に聞こえる。 ちょっと待て、無表情で針を向けるのは本気で待ってください、怖いです、鼻の上がジンジンします。 無視したんじゃありません、ちょっと分析が状況把握で間に合わなかっただけですので、とにかくここは返事をしよう、そうしよう。 「あの、、です」 「? 変な名前だね」 うわーい、大きなお世話です。 そういうあなたはどんなお名前ですかと、口に出したけど無視された。 ひどい。 そもそも名前を尋ねるほうから名乗るのが礼儀でしょうに。 でもとりあえず針が少し遠ざかってくれたのをありがたく思う。 というか、針か。姉さんの好きな漫画に針を使うキャラクターがいたよね、そういえば。 名前何だっけなぁ。あはははは。 と、現実逃避もかねて考え込もうとしたけど、それは許してもらえないらしい。 上から、しかも間近に覗き込まれた状態で質問が重ねられた。 「でさ、なんできみウチの庭にいるの」 無意識のうちに不法侵入ですか。うわ、犯罪は犯しても、ばれないようにやろうって思ってたのに。しかもセコイ犯罪だし。 って、今のはノリで言っただけで本気じゃないですけど。ホントですよー。 「・・・わたしにもわかりません。昨晩は自分の部屋で寝たはずですし」 「夢遊病?」 「いままでそう診断されたことはありませんし、それにあの、わたしの家の近所にこんな景色なかったはずですが」 あたり一面草原で、すぐ右には家が一軒。多分この人の。 広がる地平線と青い空。 草原を揺らした風が、さわさわと鳴る。 頬を撫ぜる風がこの上なく心地よい。 ありえないほどに知らない景色だ。 わたしが住んでいるのは都内から電車で1時間の圏内にある、こじんまりとした一軒家。 両親亡き後、年の離れた兄姉と3人で慎ましやかに暮らしている。 自室は6畳の洋室で、夕べは確かに自分のベットにもぐりこんだことを覚えている。 そこまで一息に言い切ると、青年は「なにそれ」とか言いながら針を完全にどけてくれた。 やっと起き上がれる、とそう思って気付いた。 まだ動き出せない。 「・・・・・・あの」 「なに?」 「この・・・体勢が、ですね」 「うん」 「・・・あの、どいてくれません、か」 「あ、そうだね」 頼んでみると意外にあっさりとどいてくれた。 いきなり尋問らしきことをされたけど、案外いい人? というか、無意識? 天然? そんないまさら気付きましたとでもいうような態度、何? こんな押し倒されてるような格好、他人が見たら正しく誤解する・・・って、え、あ、あれ? 事情が違うとはいえ、異性に押し倒されていた状況に、頬がいまさら赤く染まるのを感じた。 あつい。 顔中がアツくてアカい。 頬に押し当てた手のひらがものすごくひんやりして感じるのは、野外で寝ていたから・・・だけじゃないみたいだ。 「・・・・・・・・・あのぉ」 「きみ、あの、ばっかだね」 「はぁ・・・で、ですね、ここどこですか?」 上半身を起こし、パジャマのすそを整えながら訊ねる。 ・・・いや、いまさらだけどなんか羞恥心というものがですね。 と、とにかく、いつのまに北海道(仮定)まで来たのだろう。 でも後輩の卒業旅行の写真は、こんな風景が写っていたような気がする。 ちなみにそれより上の代は京都・奈良だった。定番過ぎて何とも言えない。 どうやって津軽の海を越えたんだろう、関東の人間なのだが。 実は瞬間移動が使えたとか? ありえない、ありえないよ自分・・・。 色々なことに混乱して額に手を当ててぶつぶつ唱えるわたしに、見知らぬ青年はいぶかしげな目線を送りつつも、それでも律儀に質問に答えてくれた。 「どこって、俺んち」 「いえ、ですから」 「正しくは別荘? みたいなものだけど」 あまりのマイペースさに、上手く話がかみ合わない。 それともやっぱり天然ですか? 「・・・地名、でお願いします」 「パーミア高原だけど」 しつこいってあきれられるくらい訊ねてみても答えは同じ、どう考えても漢字じゃ表現できそうにない地名。 どこだそこ。 わたしはまた意識を沈ませたくなった。 イルミに押し倒されてみよう♪(違) |