|
■眠れぬ夜には■ すぐ脇を通る衣擦れの音に、物の怪は目をうっすらと開けた。 本人は気を付けているだろうが、そこはそれ。この物の怪の本性にとっては無意味だ。 ―――はて… 一体なんだというのか。 縁側から一歩出て庭に立ち尽くす少年を、物の怪は横目で確認してそぉっと立ち上がる。 とてとてとて、もひとつ、とて。 「まーさひーろやっ」 「っうひゃぁぁっ!?」 後ろからひょいっと声をかけて驚かすと、思った通りの小気味よい反応。 勢いよく振り返り、「いきなり何すんだっ!」と、怒鳴ってくる。晴明の気持ちが、こんな時はよく解る気がする。 (こりゃ〜やっぱ、面白いわなぁ) ククっとのどの奥で笑うと、今度は頭上から無言で拳が降ってくる。 その拳をワザと受けてやってから、物の怪はストンと縁側に腰を下ろした。 目線を合わせて隣をその白い尻尾でパタパタとたたく。それで通じたのだろう、昌浩はおとなしく腰掛ける。 見つめる先は二人とも外。 遮るものは何もない、冴え渡った冬の月。半月と呼ぶには少し大きく、満月とするにはいま少し。 「……………」 「………………………」 しばし訪れる沈黙。 お互いに話し出すきっかけがつかめないまま、月の影を存分に浴びる。 先に均衡を破ったのは物の怪。 独り言のように、己に言い聞かすように呟く。 「………綺麗な月だな」 それは昌浩に届くか届かないか程度の小さな音。 だがしっかりとそれを捉えた彼は、同じ様に言葉を紡ぐ。 「うん。綺麗過ぎて…………」 ―――寝付けなかったんだ… 物の怪はチラッと横目でその横顔を眺める。 眩しそうに目をすぼめつつ、決してそらすことのない瞳は一昔ほど前の嬰児と変わりなく、物の怪の目にはかぶって見えた。 「そうか…」 そう呟くと物の怪は静かに瞼を閉じ、一瞬後には其処には浅黒い肌と夜の闇の中でも輝く金の目が特徴的な、背の高い影。 行き成りのことに驚いて目を見張る昌浩を尻目に、紅蓮はそっと手をその黒髪流れる頭を撫でた。 「―――………」 そのゆっくりとした優しげな手つきと、冷たげな月影に照らされて見たその微笑みに、昌浩はふと我を忘れて見入る事しか出来なかった。 その手は暖かく優しい事を昌浩はちゃんと知っている。 だから。 「―――やっぱ、綺麗だね。月は」 今夜は甘えておくことにしよう、と。 唇を動かすことなく呟いたその声は、キチンと届いたのだろうか。 「たまにはこんな、静かな夜もいいかもな…」 ついつい月光浴はしたくなります。 特に秋の夜長は。 |